【第24回】がん告知と余命はどう伝えるべき? 命の“決定権”を医師が語る
早川自身の体験をもとに、「がん告知」と「余命宣告」はどうあるべきかを医師が本音で語ります。告知は誰のためのものか? 家族の想いと本人の意思、どちらを優先すべきなのか?
命の決定権は誰にあるのか―医療の本質に踏み込んだ回です。
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📖今週のよりぬき
・3月は研修に追われていた医師時代
・早川父の闘病と最期
・「おでき取りますね」でがん治療
・余命宣告は必要なのか?
・神グルトが瓶詰めの理由
・脳に入り込む。恐るべきナノプラスチック
・瓶の活用法、コメントやメールで教えてください!
📖第24回テキスト版
肺がんだった父の最期
「これで良かったんだろうか」
早川 医師時代を振り返っていただいて、先生にとって3月はどんな月ですか?
林 我々の時代は、国家試験の結果が出る5月までに国家試験に受かるであろう医者の卵が働ける状態にする、研修の時期でした。基礎の勉強はしていても、まだ注射1本できないわけですよ。そうすると、もうやらせるしかない。今だったら学生時代から学べるように業界も変わっていますけれども、当時は採血の練習を延々やり合ったりね。医学教育もまだまだ未熟だった時代だから「こいつ、このままじゃ患者様の前なんか出せないな」みたいな新人の教育をきっちりやる時期、という思い出です。
早川 ということで、そんな3月下旬の放送です。
今日は僕の相談を聞いてもらっていいですか。がんの告知や余命、ステージ、生存率について、ちょっと長いんですが。
林 はい。
早川 私事なんですけど、4年前の3月末に父が肺がんで亡くなりました。7年ぐらい、東京の大病院でずっと人間ドックを受けていて、そこで肺がんだと宣告されたんです。当時はステージが3Bか3Aくらい。その後多少波はありながらも2年程元気だったのが、12月のある日、夜中に救急搬送されて、そこから3カ月で逝ってしまいました。
搬送された時、「ステージ4だ」と余命宣告されました。病院に居れば持って半年だろう、と。3月に金婚式が控えていて、父はとにかく「金婚式は家に帰りたい」と、強い気持ちを持っていました。でも、家に帰ったら余命が短くなるという見立てもあったんです。
病院としても「もうできることがないから自宅に戻りたいなら戻っていいよ」みたいな感じで、これは僕の勘違いかもしれないですけど、あんまり病院に長くいてほしくないのかな、と感じたりもしました。
父はとにかくポジティブで、本当に助かるつもりでいたので、余命を告げるのを迷いました。でも母とも話して、迷ったけれど父に言ったんです。
すごくショックを受けて、憔悴していました。そこから家に帰ったんですが、わずか10日で逝ってしまったんです。最期は家族みんなで見送れましたし、金婚式も一応迎えられたわけなんですけれど。
長くなりましたが、僕は父に余命を言ってよかったのか、本当にこれで良かったのか、今でも正直、分かりません。
医療とは、ご家族ではなく
ご本人のためのもの
林 まずは、話してくれてありがとうございます。
余命やがん宣告の良し悪しは、時代とか社会通念とか、そういうものによっても変わると思うんですね。私が医者になった頃は、がんの告知率ってほぼ0パーセントでした。
早川 え、ご本人に知らせないんですか?
林 そうです。大学病院に来て手術する人に、「おできが出来ているからとりましょうね」とか言ってましたね。「おできって何ですか?」って尋ねる患者さんもいなくて。
でも、命は誰のものかって考えた時に、なんで家族が決めるのかっていうのは自分の中であったので、私が告知できる立場になった時には必ず告知していました。当時から、それは今もです。
早川 それって、医師個人が宣告するって判断していいものなんですか?
林 医局で方針を定めているところもあると思いますけど、もう今は基本的にカルテだって患者さんのものだ、という考え方があります。当然がんもご本人の体のことなので、がんの告知は行って当然です。大学病院ならなおさらで、告知がされなかったらおかしい。だって手術承諾書は本人が書くでしょう。どんな手術を受けるか知らないでサインしていいわけないって、医療教育が進んだんです。
で、余命っていうのはまたちょっと扱いが違っていて。
早川 え、違うんですか?
林 がんの診断っていうのは、客観的な事実ですよね。でも余命っていうのは、正直分からない。人によって細胞の勢いも体力も違うし、過ごしかたも違う。
こういう状態だったらこれぐらい、っていう結果的なデータとして平均値はあるけれど、平均値なわけですよね。3カ月で亡くなる方もいれば、数年生きる方もいる。
そのどこに挟まるか分からない状況で余命を伝えるから、私は短めに伝えていました。そうしてもし1年生きてくださったら「3カ月って言われたけど1年も生きられた」という話になるけれど、逆だとご本人とご家族の心持ちが全く違いますから。
早川 そうですね。
林 だから私は「平均値でしかお伝えできません」と伝えた上で、1年が平均でも「1カ月かもしれないし3年かもしれない状況です」と説明する。そうやって、できるだけ正しい情報を渡して、患者様にご自身でどうするかの判断をしていただくしかないと思います。
それから、少し前までよくあったのが「母は気が弱いから、がんだなんて本当のことは言わないでください」って言うご家族です。
早川 ああ、よくありそうです。
林 でも私は「ちゃんとお話しします」と言って、ご本人に伝えました。ほぼ全員に、自分の考える限りの正しい数値・時間・考え方を提供したと思います。だって真実を伝えるかどうかは、ご家族が決めることじゃないから。
早川 そうですね……。
林 なんのための医療かって言ったら、ご本人のためですから。
脱線するけれど、ご本人がやりたくない治療をご家族が「1カ月でも2カ月でも伸びるならやってください」って言うことがある。私はそういうことなら、やりません。ご家族が悪いって言うんじゃないけど「あなたのために治療するんではない」「あなたの気持ちを満足させるために治療するんではない」と伝えたこともあります。だから、掴みかかられて怒られたこともありました。でも命とそれに関する判断の主権が誰にあるかは、私の中で揺るがないので。
ご家族が決めたとして、ご本人が亡くなる前に「本当は治療なんかしたくなかった」って思うのは、違うと思いますから。
だから難しいけれど、一番重要なのは、徹底的にご家族とご本人が話し合うことです。
早川 それが大切ですね。
林 余命をご本人に最初の段階から言っておけば、まだ動けるうちに行きたい所に行って、会いたい人にも会えるかもしれない。でも動けなくなってから余命を言われたら混乱しますよね。
だからあえて早川さんのお話に回答するなら、お父様に急に伝えたのは、それはびっくりされたと思います。
早川 ステージ3Bか3Aだった時から、父と主治医の先生は信頼関係があったみたいで、父と先生が「大丈夫、大丈夫」みたいに言っていたんです。僕は「これ本当に大丈夫なのかな?」って思って、直感的にその頃家族旅行に行こうと判断したりしたんですけど。
変な話ですけど、宣告されたステージが実は違ったなんてこともあり得るんでしょうか。
林 当然、あり得る話です。今まで検査をやってなかったから転移が分からなかったけど、実は骨に転移してました、とかありますから。
早川 そうか……。こういう状況においての、家族と本人と病院の関係って、難しいですね。慣れるものでもないですし。
林 難しい。でもそこが医療の本質なので、ご家族やご本人が妥協することではないと思います。
ご本人が元気な時に考えることと、衰弱してから考えることって全然違います。それに関連して、アドバンス・ケア・プランニングってものがあります。元気なうちに「人工呼吸器は嫌です」とか「点滴だけにしたい」とか、事前に話し合って決めておくことを指します。
ただそれって一見患者さん思いのようなんだけど、元気な時と話せなくなった時と意見が変わることも当然ありますから、常にその状況に応じて、関係者同士コミュニケーションを密に取っていく必要があると思います。
■おしえて!神グルト
神グルトの空き瓶の活用法はありますか?
林 神グルトの瓶ってロゴも可愛いんですよね。だから最初「この瓶素敵だから再利用したい」って言ってくれて、ナッツやシリアルを入れたり「こんな風に飾ってます」って瓶を並べている写真を送ってくださったりするお客様がいます。でも定期購入されて溜まってくると邪魔以外の何者でもない。重いし、かさばるし、かといって捨てがたいし。
早川 そもそも、瓶じゃないとダメなんですか?
林 そう、神グルトはガラス瓶じゃないと作れなかったと思うんですよね。開発時、プラ容器も考えたんですけど、プラって消毒しないで使ってることが多いんです。もちろん容器メーカーは綺麗に作るんだけれど、見た目の綺麗さと、我々の言う滅菌状態って全く違っていて。そうすると、うちの繊細な乳酸菌たちは、完全に滅菌されてないと死んじゃうんですよ。そこで行き着いたのは、ガラス瓶を高温で滅菌して、密閉した状態で培養を始めるっていう方法で、そうしないと神グルトは生まれませんでした。
早川 なるほど。
林 一方で、大企業メーカーは、過酸化水素水のような消毒液で、充填マシーンを使って詰めていく。だけどそれは巨大な設備でしか実現できないわけです。うちが同じことをやるのは過酸化水素水の残留事故の可能性の観点などから、難しかった。
それからもう1つ、今ものすごく医学界でテーマになってるのが、マイクロプラスチックとナノプラスチックです。マイクロは目にみえるけれどナノは目に見えないんですが、それらが我々の体を蝕んでいるとヨーロッパではものすごく話題になっています。なぜか日本では話題にならないんですけどね。
早川 ビジネスの観点から取り上げられないのかもしれませんね。
林 解剖学者たちの研究で、我々の脳にはクレヨン1本、大体18gくらいのナノプラスチックを取り込んでる、っていう見解もあります。脳に一番溜まりやすいので、認知症とかそういう問題の原因になってる可能性すらあります。
ヨーロッパでは急速にプラスチックの制限が進んでいて、再生容器しか使っていない。そういう時代に、神楽坂乳業はメディカルフードをやってる会社として、脱プラを掲げています。
早川 いやあ、今の話、伺えて良かったです。プラスチックって普通に使ってるけど、危ないんですね。
林 フランスでは、ワインのフタのプラスチックを洗うとナノプラスチックが1/3ぐらいに軽減されるから洗いましょう、みたいなことが大真面目に議論されているんです。日本はプラだらけですよね。コンビニなんてプラスチックが使われていないものがない。
それを否定したら現代社会が成立しないから否定しちゃいけないと思うけれど。
でも、医学研究者の中には、自分と息子のたった1代の差で精子が半分になっている、その解明できない事象をそれが環境ホルモンの影響と過程して、研究を始めた人もいます。
悲観論者の中には「ナノプラの影響であと100年、200年で人類は滅びるんじゃないか」って言う人もいるぐらいです。最初は様子を見ていたけれど、客観的な事実が次から次に出てきてるので、私もやばいかもって思います。
早川 メディカルフードをやる以上、神楽坂乳業はガラス瓶を使っていくんですね。
林 そうですね。それから、サステナビリティの観点もあります。
プラスチックは燃やすか埋め立てるしかない。神グルトの蓋はブリキの鉄なんですけど、鉄とガラスは再生して循環できるんです。
サステナビリティを本気で考えた場合、不便が伴うものです。でもその不便を、手間を、惜しむ時代じゃなくなっていると思うんです。
安くて便利なら何でもいいわけじゃなくて、健康や命に直接関係するなら、コストは惜しんでも優先すべき時代に入ってると思います。
早川 今回は、メインテーマぐらいの深い話になりましたね。
林 そうですね。瓶を回収してくれって話もいただいたことがあるけど、うちみたいな小さい会社はコスト的に難しいし、洗浄のための洗剤なんかで環境に負荷がかかるのでできないんです。
早川 ちなみに早川家にも大量に瓶があるんですけど、ナッツ、調味料、手作りジャム、輪ゴム……。それから下の子がペンとか絵の具とか入れて、めちゃめちゃ使っています。
皆さんもぜひお便りで「こんな使い方してます」って教えていただきたいですね。(了)
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